• 2025年9月22日
  • 2025年9月25日

10人に1人”新・国民病”機能性ディスペプシア

「機能性ディスペプシア(Functional Dyspepsia, FD)」は、内視鏡などの検査でも潰瘍などの観察できる異常がないにもかかわらず、胃の痛みや胃もたれ、食後の膨満感、すぐ満腹に感じる、いわゆる「胃の働きの不調」です。

DyspepsiaのDysは英語でbad、pepsiaは英語でdigestion(消化)を意味します。つまり、”消化が悪い“状態です。日本人の10人に1人はFDといわれ、頻度が高い疾患です。”新・国民病“として注目されています。

胃の役割

FDは胃の”機能不全“です。FDを解説する前に、まず、正常な胃の機能について説明します。

胃の大事な働きは、”食べ物を蓄える貯蔵庫“としての働きです。食べ物の消化・吸収は、主に胃の先の十二指腸と小腸で行われます。もし胃がなくて食べ物が一気に十二指腸や小腸に入ったとすると、大量の消化ホルモンが分泌されて、動悸・めまい・冷汗・腹痛などがおきます。胃で一度食べ物を貯めて、少しずつ食べ物を調節しながら流すことによってスムーズな消化が可能となります。十二指腸での吸収状況に応じて、胃は食べ物の排出を遅らせるなどして速度を調節しています。

胃の筋肉のリズミカルな収縮で食べ物は細かく砕かれます。粉砕された食べ物は、胃壁の運動によって攪拌され胃液と混じり合い、さらに細かいペースト状の均一な状態になります。物理的な破砕は、消化酵素が食べ物と接する面積を拡げ、より効果的な化学的消化を促します。

胃酸はpH1-2という強酸性で、ほとんどの細菌やウィルスを殺菌することができます。胃酸がないと、様々な細菌やウィルスが腸のなかで繁殖するでしょう。また、タンパク質を消化するペプシンが胃から分泌されます。胃の“主細胞”からペプシンの前駆体である、“ペプシノーゲン”が分泌されます。ペプシノーゲンは不活性ですが、胃酸によって活性型のペプシンに変化します。胃酸はタンパク質の消化にも重要な働きを担っています。

このペプシンがタンパク質のペプチド結合を切断し、より小さなペプトン(ポリペプチド)に分解します。ペプトンは膵臓から分泌される消化酵素によりアミノ酸に分解され体内に吸収されます。また、ビタミンB12の吸収に必要な“内因子”とよばれるタンパク質も胃から分泌されます。内因子と結合したビタミンB12は小腸(主に回腸)から吸収されます。

FD発症のメカニズム

胃の運動機能の異常

胃の動きが悪くなって食事が胃の中で滞ったり、胃のふくらみが悪くなる

胃の知覚過敏

胃の知覚が異常に鋭くなる

症状

症状は、“膨満感”と“痛み”に大別されます。どちらか一方の場合と、両方の症状が重複する場合があります。症状は3ヶ月以上の長期にわたります。

週3日以上

胃の物理学的な働きは、“貯める”、“砕く”、”送り出す“の3つです。まず、胃の近位部が拡張して食べ物を胃にためます。これを、”適応性弛緩“といいます。胃上部が適応性弛緩で拡張すると、”空腹ホルモン“と呼ばれるグレリンの分泌が刺激されます。グレリンは視床下部に作用して空腹感を引き起こし、食欲が増進されます。FDは適応性弛緩が障害され、食べ物を蓄えるという生理的機能が失われ、胃の膨満感がおきます。グレリンが分泌されないので、空腹を感じません。

続いて胃のなかで消化が行われます。消化には食べ物を細かく砕く、“物理的消化”と、消化液で分解する“化学的消化”の2種類があります。胃では両方の消化が行われます。

話は変わりますが、心臓は、自分の意思と関係なく、自動的に規則正しく拍動することができます。これを、”自動運動“といいます。人間の臓器で自動運動する能力があるのは、心、食道、胃、小腸、大腸です。胃をはじめとする消化管も、食べ物を運ぶために自分の意志とは関係なく蠕動運動をします。この自動運動を調節するのが自律神経です。自律神経の異常によって、胃の自動運動は障害されます。

胃の化学的消化は、前述の”ペプシン“によって行われます。ペプシンは胃壁から”ペプシノーゲン“として分泌されます。ペプシノーゲンは胃酸により活性化されペプシンに変化します。ペプシンがタンパク質をアミノ酸に変えて吸収しやすい状態にします。この化学的消化が効率よく進むには、胃の蠕動運動によって食べ物が細かくすりつぶされ、食べ物と胃液が十分に混じ合わさる必要があります。FDによってペプシノーゲンや胃酸の分泌が抑制されることはないですが、蠕動運動の障害によって、間接的に化学的消化も障害されます。

FDでは“送り出す”機能にも異常がおきます。送り出す機能が弱くなる“排出遅延”と、逆に送り出す動きは早すぎる“排出過剰”の2パターンがあります。排出遅延は、胃の中に長く食べ物が貯留してしまうので、膨満感、嘔気につながります。排出過剰は、消化不十分な食べ物と胃酸が十二指腸に入り、痛みが生じます。十二指腸は消化不良の食べ物が胃から入ってこないように、胃の排出機能を抑制する信号を送ります。それにより今度は逆に胃の排出遅延がおきます。

週1日以上

FDのもうひとつの要素が、胃の”知覚過敏“です。わずかな胃の進展や胃酸の刺激で、激しく痛みや不快感が生じます。FDの方は、冷たい飲み物やトウガラシに含まれるカプサイシンに敏感に痛みを感じるという報告があります。なぜ、FDだと知覚過敏になるのでしょう。

知覚過敏の原因

  • 胃壁の持続的な伸展や胃内圧の上昇など力学的ストレス
  • 自律神経の失調
  • 胃酸過多

胃の膨満からの胃壁の進展が知覚過敏につながるので、EPSはPDSの副産物的な要素もあります。

診断方法

FDの確定診断は、器質的疾患(胃潰瘍や胃がんなど)がないことを確認することが前提となります。

  • 内視鏡検査(胃カメラ)、腹部CT検査などで、胃や十二指腸に明らかな病変がない
  • 症状が6ヶ月以上続き、直近3ヶ月間で症状が繰り返し現れる
  • Rome IV基準に基づいた診断(2016年に発表された国際的な診断基準)Gastroenterology.150(6):1380-92,2016
  • 社会的心理的ストレス
  • 自律神経の乱れ
  • 不規則な食事時間
  • 運動不足
  • 睡眠不足
  • 喫煙
  • ピロリ菌感染
  • 腸内細菌叢
  • 遺伝的因子
  • 感染性胃腸炎の既往

脳と腸は自律神経、ホルモン、神経伝達物質を介して密接に影響をお互いに受けます。これを、“脳腸相関”と呼びます。脳がストレスや不安を感じると、脳から胃へ信号が送られ、自律神経の乱れが生じ、胃の運動機能低下や知覚過敏がおきます。胃の調子が悪いことがストレスとなり、さらに神経が過敏になるという悪循環に陥り、症状が慢性化するといわれています。

治療法

治療は、症状のタイプや原因と考えられる要因に応じて調整されます:

  • アセチルコリンエステラーゼ阻害薬(アコファイド=アコチアミド)
  • ドパミン受容体拮抗薬(プリンペラン=メトクロプラミド、ナウゼリン=ドンペリドン)
  • セロトニン5-HT4受容体作動薬(ガスモチン=モサプリド)
  • プロトンポンプ阻害薬(PPI:オメプラゾール、ランソプラゾール)
  • ヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2RA:ファモチジン、シメチジン)
  • カリウムイオン競合型アシッドブロッカー(P-cab:タケキャブ)
  • 六君子湯
  • 六君子湯以外の漢方薬の一部は有用
  • タンドスピロン、イミプラミン、 ミルタザピン、サインバルタ、トリンテリックス
  • 早食い
  • 刺激の強い食べ物
  • 脂肪の多い食べ物
  • アルコール
  • カフェイン
  • 睡眠不足

食事をゆっくり摂る、よく噛むことがポイントです。1日の食事量や1回の食事量を見直してもよいです。刺激の強い食べ物や脂肪の多い食事はなるべく減らしましょう。

アルコールは胃酸の分泌が増えます。カフェインによる緊張感や不眠は、自律神経の乱れを介してFDの症状を悪化させます。アルコール、カフェインの摂り過ぎには注意しましょう。睡眠不足も、胃の機能低下や自律神経の乱れを引き起こします。十分な睡眠が重要です。

ピロリ菌感染がある場合、除菌治療により症状が改善することがあります。最近は“ピロリ菌関連ディスペプシア”と呼ばれ、FDとは別の疾患として考えられています。

FDは「心身症」としての側面もあり、ストレスや不安、うつ症状と密接に関連することが多いです。現代社会でストレスから逃れるのは難しいですが、FDはストレスの管理がすべてといっても過言ではありません。自律神経は交感神経と副交感神経があります。胃を動かすのは副交感神経です。人間はストレスを感じると交感神経が優位となり、胃の動きが抑制されます。また、ストレスを受けると胃酸の分泌が過剰になり、FDで知覚過敏の状態では痛みを強く感じます。副交感神経はリラックスしたストレスフリーの状態で高まります。副交感神経を高めることがFDの治療となります。気の置けない友人と会話したり、買い物をしたり、カラオケで歌ったりしてストレスを発散することが大事です。

副交感神経を高める方法

  • 深呼吸:鼻からゆっくり吸い込み、吸うときの倍の時間をかけてゆっくり息を吐く
  • 体を温める:40℃のぬるま湯に15分つかる
  • 軽い運動:ヨガやウォーキングなどの軽めの運動の後に心身をリラックスさせる
  • 嚙む:よくゆっくり嚙んで食べる
  • リラックス:好きな音楽を聴いたり、読書したり、アロマの香りでリラックス、リセットできる時間を作る

合併する疾患

IBSも原因がFDと同じ(心理的ストレス・自律神経の乱れ)なので合併することがあります。症状が胃に現れればFD、腸に現れればIBSと呼ばれます。両者とも器質的疾患がなく、消化管運動の異常、知覚過敏と共通点が多いです。

FDは胃の排出障害があるので、たまった食べ物が逆流しやすい状態です。FDの25-50%にGERDが合併するといわれています。

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